2015年8月16日日曜日

拡がる支援の繋がり

この度の伊豆保養の保養支援ネット・横浜さんへの寄付につきましては、
未来の福島こども基金さんよりご支援拠出を頂き、総額5万円となりました。
基金さんにはかねてよりTシャツ支援の活動にもご理解とご配慮を頂いており、
FBでの紹介等でも幅広い告知に繋がっております。
未来の福島こども基金のみなさま、
お心遣いを頂きまして感謝致します。どうもありがとうございました。
そして白浜さんへも基金さんより子供達の笑顔の報告が届いています。
また年末へ向けてコツコツと積み上げたいと思っております。


ところでこちらにもまた違った形の支援をされている方がいます。
strat59さんはご自身のギタープレイをTシャツ着用で多数アップしています。
この方のサイトでこのTシャツ支援をお知りになった方もおられます。
もともとは地元でハード・ロックギターを弾かせれば、
泣く子が更に泣き止まない腕前でしたが、昨年の白浜さんと小山さんを迎えた
南相馬市ライブの別アクトでのTシャツ支援ライヴでは、
R&Rナンバーで参加されました。
ご自身のチャンネルではギタープレイを楽しむレパートリーのラインでアップしています。
この方のチャンネルへは世界100ヶ国以上からあるそうです。
Tシャツ支援のメッセージを添えてリンクも紹介してくれているのですが、
そうなると翻訳文が必要になるのですね。。あぁ・・・ありがたいです。

2015年8月9日日曜日

伊豆の夏空の下で


先般よりお知らせしておりました伊豆の保養が終了しました。
今回こちらに上半期分39,200円を未来の福島こども基金さん経由で寄付させて頂きます。
数少ない直販ルート・高玉屋さんのお身内の方、床屋の若旦那(チラシ協力も)、カー・ディーラーの副店長さん、
接骨院のマネージャーさん(パウチコ掲示も)、東京、千葉県、名古屋市、山口県、京都、 北海道、長野県の通販ご購入の方々、
長いドイツ在住経験とコネクションを生かし、欧州各国・日本各地で毎年多数講演活動をされ、その際のたくさんの募金を毎年この保養に寄付されている方、
いわき市のイヴェントにてバンドマン有志とその支援の方々のお気持ちは、
子供たちの未来の為役立たせていただきます。
みなさんどうもありがとうございました。

たくさんの方々のご支援のお陰で
6家族25人(幼児5人、小学生10人、保護者10人)8泊9日の
4回目の保養キャンプを無事終えることができましたと、運営の方よりご連絡を頂きました。

私は最終日にはいなかったですが、 参加されたご家族の方々は充実した日々を過ごされてお帰りになられたと伺っております。みなさん、お疲れ様でした。
また却ってお世話になりましてどうもありがとうございました。
お子さん、親御さん共々どうかまた次の機会までお元気でお過ごしください。

期間中は山、川、海での解放、情操豊かなワークショップや音楽演奏と交流、食事の勉強等、
盛りだくさんなプログラム・メニューでした。
運営スタッフの方の準備とサポート、地元や遠方から入れ替わり立ち替わり訪れるお手伝いの方々での賑わいはどこかしら梁山泊的なムードもあり、いつしか下界を忘れるような時間でした。

保養の企画を支えられた運営スタッフの方々、たいへんお疲れ様した。
様々な保養のスタイルがあるかと存じますが、このような活動があり、
それは必要とされている理由があるということを、一緒に考えて頂ければ幸いです。


保養機関中に地元紙に掲載されました。
協力された方で直接保養所に来られなかった方々にも様子が伝わり、役に立ててよかったと喜んでいたそうです。

                午前の陽光のさんざめきと陰りを深めていく夕景

道路から小路を上ってきて”いりあい村”に辿りつきます。
闇が満ちる刻のこの路を、灯篭を手に子供達が果敢にも歩みました。

 約30年前に福井県から移築された古民家です。60人が宿泊可能とか。
移築の際には伊豆から大工さんが現地へ赴き、解体の様子を覚えておき、
その通りに再現したそうです。昔の豪農家の家だったそうで、とても重厚な造りです。

 玄関土間も広く、囲炉裏もあります。この階段の下でボランティアの語りべ”ばぶ”さんがお休みされていました。

大広間は子供たちのワンダー・スペースです。畳が新鮮なようです。
裏側の廊下に風情を感じます。

ワークショップで子供達が拵えた灯篭です。出番はまたあとで・・・

お約束の海です。海岸は波が無い入り江で、お魚と戯れの時を堪能しました。
ボートはボラのお兄さんの人柄もあり人気が高く、定員よりちょっと多目に乗っちゃってますが、
地元のお兄さん方や東京から駆けつけたボラのお姉さんが優しくリードしてくれてますので安心です。
ライフ・ジャケットは勿論完備しています。(干すのも忘れずに) 
スイカ種飛ばしチャンピョンは誰だっけ。

そろそろ夕方の涼しげな風がそよそよと夜の帳をつれてきます。
 
沖縄の旋律に乗り最期は大合唱&全員参加踊りで盛り上がりました。演奏終了後は楽器に触れたり音を出したり、子供達にとっては興味津々で楽しい時間が続きました。


移動カフェのオーナー兼、童話作家兼語りべ子供達の導師「ばぶさんのお話」がはじまります。
じつは子供だけでなく大人も楽しみにあつまってきます。
まるでトミー・ウンゲラーが自作をリーディングするかのような、圧倒的なウィット・ファンタジーな世界がそこにひろがります。稀代のストーリーテラーの面目躍如です。合言葉は”ばぶ~”
ばぶさんの「おしまい」に納得しない子供達からは何度もアンコールが、
ばぶさんは用意したお話の数々の中からその都度選りすぐり、にこにこと応えてくれました。
さて、そろろそお夕飯の準備です。食材はしっかりしたものを用意しています。
お手伝いの方々、お母さん方、お疲れ様です。
なんと言っても遊んだあとの夕飯は子供達のお待ちかねの時間です。
吟味された食材と手の込んだ調理で美味しいため、とても喜んで食べていました。
もちろん、大人も美味しく頂きました。


 子供たちが作った灯篭は、伊豆の漆黒の闇の小路を導き、また一歩子供達自身の世界を広げる誘いの役割を果たしました。
小さな広場に辿りついた子供達は、しんと静まりかえる夜の底で、落ち葉を踏みしめる音の響きにさえ戸惑いながらも輪を描きボラさんの創作話の始まりを待ちます。
集う子供達は、優しく包む風の調べのような物語に耳を傾けます。
保養が必要であるというひとつの現実を通して、様々な気づきが子供たちに生まれることでしょう。大切な思いが育まれることを祈ります。



 そしてみなさんへ、暑い最中に一息ついてください。
どうかご自愛を。





2015年7月30日木曜日

参議院 平和安全特別委員~歳費に見合うのは誰か

山本太郎議員が総理を追い詰めていますが、
本来は彼が希少なのではなく、彼以外の議員が同様の問いを立てないことの方が不可思議ですね。このこと一つ取っても、いかに異常な状況であることが推し計れるかと思います。

また、続いて総理の盟友の荒井議員が論を披露しています。
こと原発については正面から反対の姿勢で、ウクライナ政府報告書に学べとの言でした。
荒井議員はチェルノブイリ法に倣えとも提唱しています。
本当は夜のニュースでオンエアして国民全体で考えるきっかけにして欲しいものです。

1:15分頃からです。


2015年7月29日水曜日

届かぬ声と届いてしまうものの狭間で

(7/29)「子ども・被災者支援法」基本方針改定 に関する政府・市民意見交換会と記者会見~支援対象地域の縮小・撤廃、避難者切捨ては法を踏みにじるもの~

避難の必要性を否定した原子力規制庁が出席するようです。
避難者を無視した見解を続けるのでしょうか。
南相馬市からも多数の方が駆けつけます。 

さて、本日1号機のパネル撤去が開始されました。
空間線量に変化は無いとの報道ですが、漏出を抑えていた蓋を取り去るのですから
汚染物質の飛散は間違いないところです。
放出Bq量に全く言及しない点においてはマスコミは機能不全を継続しています。
さらに3号機のプールから大型瓦礫の撤去を控えています。
これは正式発表が無いままですが8月2日に予定されているようです。

3号機プールの最大がれき撤去へ 全作業中断し厳戒態勢

3号機SFPの燃料交換機の引き上げは不発弾処理と同じ!?

万が一失敗すれば人が退避する事態も想定されます。
近隣地域に退避アナウンスも規制もないようです。
また風向きによっては関東圏もN95規格以上のマスクが必要になる可能性もあります。
みなさんどうかお気をつけください。

本日から8泊9日の6家族18人の保養が伊豆でスタートしました。
今月末で締めてこの企画に寄付します。

また未来の福島こども基金のニュースレターが発行されました。
活動の様子がまとめらています。
どうかこのような人々の営みがあることを、
また何方かへ伝えてください。




2015年7月22日水曜日

「自主避難者“支援打ち切り”の波紋」~NHK

おはよう日本の特集です。
これは問題提起と受け止めるべきでしょうか。
ならば別な時間帯にもっと枠をとり、事態の推移に踏み込んでほしいですね。
この背景にあるもの、「避難を選択せざるを得ない」理由について、
もっと掘り下げた説明が必要でしょう。
当然NHKの今までの報道の落ち度についても省みることにはなるのでしょうが・・・

2015年7月20日月曜日

避難者が迎えている状況について

東京新聞の記事です。
復興庁による東京・福島の説明会の様子をお伝えしてきましたが、本日このような記事がありました。
避難者にとって非常に差し迫った状況をどれだけの方が理解しているのかはわかりませんが、
記事をきっかけに問題意識が広がることを願いたいところです。

つい最近までJRの駅のコンコースは、日本に観光地は福島以外にないのかと思うくらい
福島づくしのキャンペーンでした。
既に原発事故が過去のものになっている方には、このポスターの地から、
「国の指示もないのに何故避難が必要なのか?」と思われる方もいるかと思います。
また、「安全である(と国が言っている)のに避難を続けていることは身勝手では」
という見方をする方もいるでしょう。現に当地には生活者が存在します。
こういった背景がこの問題を複雑にしています。

避難者の居場所がますます狭まるのは何故でしょうか。
それは汚染被害と避難にまつわる実相が、しっかりと事実と現実を踏まえて理解されていない点が大きいと思われます。はたして事故前と事故後の基準値の違いを理解している人、汚染の広がりの状況、そもそもの基準値の単位の読み方と意味を理解している人が、いったいどれ程いるのかわかりません。わからなければ”国の発表”を信じるか、さもなくば”何も考えないか”になってしまうのではないでしょうか。

2015年7月18日土曜日

子ども被災者支援法基本方針改訂説明会(福島)

アワプラさん配信より


冒頭南相馬・避難20ミリ撤回訴訟の方が口火を切りました。
浜田復興副大臣に放射線管理区域の基準条項を問いましたが、
大臣はご覧のように回答を避けました。
放射線管理区域はアンタッチャブルなキーワードのようです。
この態度こそが避難にまつわる諸問題の要因と言えるでしょう。
放射線管理区域は身近なところでは病院のレントゲンやCT、放射線治療の為の施設で黄色い三葉模様のマークが掲示されています。
この掲示がある場所は文字通り管理制限下にあります。
病院では特別な線源治療以外には機械作動時に放射線が出るだけでそこには汚染はありません。
一方原発の作業現場では汚染レベルにあわせてそれぞれ管理区域が設定されています。
空間線量率だけでなく汚染も基準となり体表面付着と吸入による被曝を避けるため、
汚染がある区域では防護措置としての着衣を装備し専用のマスク着用の上、
作業時間も管理下での作業となります。肌の露出も睡眠・飲食も不可で18歳未満は入れません。 
そのレベルを今回の事故による汚染地に適用すれば大きな補償対策が必要となります。
しかし、そこから目を逸らそうとする程、この問題の意識乖離は深まるように思えます。

昨日まである量の水を身体に掛けると風邪をひく心配をしていたのに、
ある日を境に水を掛けた側が、「そんなもので風邪はひかない」と言いはじめました。

風邪では済まない事態を憂慮する親御さんを、誰が責めるのでしょうか。 


福島県と復興庁 支援策転換 戸惑う山形の避難者